原点
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明日から衆議院議員選挙が始まります。
このため、選挙が終わるまでブログの更新ができなくなります。(公職選挙法の解釈で、更新しないほうがよいようです。)
◆決意
2004年の秋、ぼくは、初めて人の親になりました。娘が生まれたからです。あの時の感動は今も忘れません。それまではめったに泣かなかった自分が、涙もろくなったのは、あの時からです(笑)
生まれて来た娘を見ながら、「この子たちが育っていく日本の社会を、きちんとしたものにしておかなければならない。」そんな思いが湧き出てきました。
それが、安定した公務員の立場を捨てて、ぼくが政治に挑戦をすることを決意した直接のきっかけでした。
ぼくは公募候補者です。昨年の初めに公募で選ばれて、約10年間勤めた経済産業省を退職して以来、1年8ヶ月、たくさんの人たちに支えられながら、文字通り、何足もの靴底をすり減らし、地べたを這い、そのことで、数々の「生」の人生に、「生」の生活に遭遇してきました。
ひとつの人生と出会うことで、自分の世界が1つ広がりました。さらに違う生活の現状を知る事で、可能な限り多くの人が幸せに生きる事ができる社会を作らなければならない、という使命感を持つに至りました。
この1年8ヶ月の経験は、間違いなく、これからのぼくの政治活動の大きな糧となり、かけがえの無い資産となり、最強の武器になるでしょう。
ぼくが政治への挑戦を決意したのは、自分の子どもが生きる日本という社会を立て直したい、という個人的なインセンティブから発しましたが、その想いは、今、出会った全ての人々の人生を通り抜けて、この国に住む人々を一人でも多く幸せにしたい、という決意へと変わりました。
◆官僚出身ということ
ついつい、感情的なことを書き連ねてしまいました。想いは想いとして大切ですが、それだけでは、現実は動かせません。
ぼくはこの国の現実を変えたい。
国民のためにあるはずの行政が、今国民のニーズと乖離している現実を変えたい。
じつは、この想い、つまり霞ヶ関の改革をしなければならない、という想いは、ぼくが大学生の時に持ったものでした。
「霞ヶ関の本当の改革は、霞ヶ関の「中」に入っていかないと不可能だ。」
それが、ぼくが最初の就職先として霞ヶ関の官庁を選んだ理由でした。
実際、自民党の政治が霞ヶ関の官庁に結果的にコントロールされてしまう最大の理由は、細部/実務を任せてしまうためです。
「神は細部に宿る」といいます。これからの時代のリーダーは、細部までグリップして、実務をコントロールしなければならない。そうでなければ、税金のムダ使いなんてなくなりません。
だから、ぼくのことを「官僚出身者では官僚依存の政治は変わりません」というような新聞折り込みまでした方がいらっしゃるようですが、有権者の方々には是非とも、賢明な判断をしていただきたいのです。
法律も予算もマニフェストですら官僚に作ってもらっているような、古いタイプの政治家では、今の政治は変わりません。
これからは、自ら政策を実行して細部までグリップしながらリーダーシップを発揮する新しいタイプの政治を、ぼくたちが進めていきます。
◆時代が動くということ
時代が動くということは、どういうことか。
明治維新は、維新の志士たちが自らの命をかけて時代を引っ張って行きましたが、実際に時代が動いたのは、「普通に暮らす人々」が変わった時でした。
吉田松陰も高杉晋作も坂本龍馬も死んでいった後、それまでは時代を静観していたマジョリティが維新政府に動いて初めて、時代は変わったのです。
つまり、時代が動くということは、一部の人たちだけで出来ることではなく、みんなの想いがひとつになって、初めて可能だということなのです。
今回の選挙に当てはめてみれば、時代を動かす主役は、民主党の鳩山由紀夫でも岡田克也でもなく、もちろん三村和也でもなく、みなさん一人ひとりなのです。
みなさん一人ひとりが、時代を動かす主役なのです。
◆応援してくれているみなさまへ
ぼくを支えてくれているボランティアのみなさん、応援してくれているみなさん、寄付をくださっているみなさん、いつも本当にありがとうございます。
ぼくは本当にいつもびっくりしてしまうのです。なぜ、こんなぼくの活動を、これほどまで献身的に自己を犠牲にして支えてくれるのだろう、と。
でも、それは、ぼくとみなさんが、「見返りを求める」関係ではなく、一緒にこの国を変えていこうとする「仲間」だからだと信じています。
そして、そういった活動こそが、人生を、とてつもなく素敵なものに輝かせるのだと。
◆横浜のみなさんへ
横浜市民のみなさん、いよいよ、時代を動かす時。
私たちの踏み出す一歩で、政治はちゃんと変わります。私たちの「決断」ひとつで、日本の未来は変わるのです。
どうか、一緒に、仲間として、日本を変えていきましょう。
もちろん、時間はかかるかもしれない、一朝一夕には出来ません。しかし、少なくとも、このままではいけないのです。私たちが一歩踏み出す、その勇気が、日本の未来を変えるのです。
ぼくは、そう考えてくれる全ての人が「仲間」だと思っています。
◆妻と娘と息子へ
本当に苦労をかけてしまいました。これからもそうかもしれません。
ぼくは子供たちと遊んでいる時と、妻とくだらない話をしている時が、一番幸せです。でもこの1年間、そんな時間はほとんど取れなかった。
ごめんなさい。
でも、優菜と隆玄に、そしてまみに、誇りに思ってもらえるような、そんな父親で、そしてそんな夫でありたいと、一生懸命に必死に生きています。
どんなことがあっても、みんなを愛しています。
これからも、よろしくね。